そんな奥村氏の八字をちょっと見てみたくなりました。1889年2月18日 東京生まれ。
出生時間不明につき、六字を並べてみます。
傷 才
乙 丙 己 ・傷官格(傷官生財)
丑 寅 丑
これだと、木気と土気の力量が拮抗しており、身強か身弱のどちらにもなる命式。どうしても生まれた時間が必要ですね。ところが、大運の流れを見てみますと、5歳運で以下のようになります。
95 85 75 65 55 45 35 25 15 5
丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸 甲 乙
辰 巳 午 未 申 酉 戌 亥 子 丑
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ × × ○
生まれた家は出版社を営んでおり、これが年柱の己(偏財)を表し生家は裕福であったと見受けられます。奥村氏は身体が弱いために画家を志し、16歳で梶田半古門下に入門します。15~34歳までは、甲子、癸亥と木気・水気の強い大運が巡り、努力するも才能は見出されず不遇な時期となります。ついに、1923年(癸亥:34歳)には関東大震災で家が焼けて、それまでに描いたほとんどの作品を失います。
ところが、35歳から大運が壬戌に入ると、一転して吉運に入ります。1925年(乙丑:36歳)に結婚。大きな転機は、1926年(丙寅:37歳)に、塾頭の小林古径に勧められて速水御舟の研究会に出席するようになったことです。ここで速水御舟の写実主義を学びます。そして、1927年(丁卯:38歳)に院展に初入選します。その後の奥村氏は、才能をどんどんと開花させていきます。大運は、35歳~104歳に至るまで、壬戌、辛酉、庚申、己未、戊午、丁巳、丙辰と、木気を削ぎ取る行運を巡っています。このことから、命式は身強の乙(木)であることが分かりますね。
35歳~44歳、壬戌(印授が天干にあるが地支の正財の力量が強い)の大運に入ってついに評価を受けるようになります。45歳~64歳の辛酉、庚申(正官、偏官)の大運は各美術学校や大学の教授など要職を歴任して社会的な地位を得ます。
65歳~84歳、己未、戊午(正財、偏財)の大運は次々代表作を出して日本美術院理事となり、文化勲章も授与されます。この20年間は大財もついたことでしょう。最晩年の85歳~101歳、丁巳、丙辰(食神、傷官)の大運には、芸術の創作意欲はおそらく頂点に達し、「醍醐」、「吉野」といった数々の名作品が生まれます。
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